令和2年5月の代表者の一言

世界的な新型コロナウイルスの拡散により、「自粛」「制限」など、前代未聞の厳戒態勢の生活下にあります。関係者の皆様におかれましても、家族と社会を守るため、日々自制された行動に努められていることと拝察いたします。60年近く生きてきた私にとっても、このような事態は経験したことがなく、今自分ができること、施さなければならないことは何か、迷い考え戒めながら行動しております。欧米在住の友人の知人が亡くなられた話を聞きいたたまれなくなりました。国内でも「志村けん」さんの訃報に、改めてこのウイルスの脅威を感じました。

目に見えないものと戦う難しさに、それでも人々が一致団結し立ち向かうことから始まるのだと、そう実感しています。保護者の皆様には「保育所利用の自粛要請」を受け容れていただいたことに、心より感謝申し上げます。全ての仕事が「自宅で」とはならない中で、緊急事態宣言の直後にあって、当グループ全体で半数ほどの方が、自宅保育に切り替えてくださりました。一方で、このような状況下でも、職場に足を運ばなければならないお仕事に携わっている保護者の方々には、体調面、衛生面に留意されながら健康にと、心より切に願っております。

今、自身が置かれている立場でできることに努めることで、幾ばくかであっても、この苦境を乗り越えるパワーとなると信じています。

 この日々、人が流動しないことが経済の発展を最も損なうと痛感します。営業の制限を要請された方は、工夫を凝らし間接的な方法として、サービス提供に取り組まれていますし、会社にあってはテレワークを導入し、会議、意見交換、営業を試みておられるようです。ただ、そうは言っても、それらは応急措置であって、大きく何かを生み出せるものではないとも感じます。ここに及んで、改めて「生産」は人と人とが面と向かうことから始まると感じます。気持ちや表情は、人が側にいることで汲み取れるもので、メールや配信された画面からでは、全ては解読できないのではないか、そう感じました。そして、きっと子ども達も同じなんだろうなーと考えたら、笑い声や、慣らし保育の泣き声で賑やかだった4月1週目から一転した静けさに、妙に心悲しくなってしまいました。その光景を思い出して勝手に懐かしくなり、皆が笑顔で活力をもって向かい会える日はいつなのかと・・・思い悩んでいる先生方が多くおります。

幼い頃、何か悲しくなると祖母が「辛抱せにゃいけん。」とよく言っていたことを思い出しました。それと同時に、「辛抱しろ」と言われると、何故かかえって前向きな気持ちになったことも思い出しました。「辛抱」という言葉は「我慢」とは違って、私には美しく心に響くのです。今は、我慢ではなく「辛抱」のときです。我慢は自ら納得しないまま自分の気持ちに不満を持ったままのネガティブなもの、辛抱は、もちろん同じような意味も持つのでしょうが、自らも何とか受け容れて次に向かうという、ポジティブな意味を持つと感じるのです。今、世界で起きている事は、理不尽(と思うしかないもの)であり、悲しく深刻なニュースに溢れています。それでも「辛抱」です。受け容れて次に向かう、そういうことだと。

今は、守るべき子ども達、家族らとつながりながら、再び皆が元気に毎日を過ごせる日を迎えるための準備期間です。この間、皆が一体となって越えなくてはなりません。そして、この事態収束後、職員一同、子ども達・関係者の皆様と元気に再会できることを心より楽しみにしております。

皆様、くれぐれもご自愛くださいませ。

小鳩グループ代表 山本 育子